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    東京オリンピック・パラリンピック

    山内梓かわいいアーチェリー代表に彼はいるの?経歴や出身校も調査!

    東京オリンピックアーチェリー代表の山内梓(やまうちあずさ)選手。

    東京オリンピック代表選考会当時、学生で選ばれたのは山内梓選手ただひとりでした。

    初めてのオリンピックでの活躍が、今から楽しみですね!

    しかも、とってもかわいい

    彼がいるのか、出身校はどこなのか、気になりますよね。

    そこで今回は、山内梓かわいいアーチェリー代表に彼はいるの?経歴や出身校も調査!と題し、山内梓選手の素顔に迫ってみます!

    この記事では

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    ・山内梓選手に彼はいるの?
    山内梓選手の出身校は?
    山内梓選手ってどんな人物?

    このような疑問を解決します。

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    山内梓かわいいアーチェリー代表に彼はいるの?

    まずは山内梓選手のかわいい画像を見てください!

    練習中の真剣な表情が、きりりとしていて美しいですね。

    2021年3月の最終選考会前に負った左肩の怪我も治り、「もうほぼ痛みはない」「調子は上がってきている」とにっこり。

    射撃フォームの修正もほぼ完成に近く、近畿大学の山田秀明監督が「順調に70%くらいまできている」と話しているように、調子は回復している様子。

     

    こんなにかわいい山内梓選手なので、彼がいるかとSNSを探してみました。

    しかし、公開されている写真はわずかで、彼の存在につながる情報は見つかりませんでした。

    競技に集中していて、今は恋愛どころではないのでしょう。

     

    山内梓選手は2021年3月に三月に近畿大学を卒業したため、学生寮を出て大阪府内で一人暮らしを始めました。

    コロナ感染対策のため外出は極力控え、外食もせず自炊中心の毎日です。

    練習場へも電車でなく、コーチの車に同乗するなど万全の体制をとっているとか。

    「ちょっと良いマットレスを新調したので、よく寝ればストレスもなくなる」と、おおらかな性格がうかがえます。

    山内梓選手の経歴と出身校

    山内梓選手の経歴をまとめました。

    生年月日1998年9月11日
    身長体重159cm 46kg
    出身地静岡県浜松市
    所属・学歴近畿大学職員
    近畿大学
    浜松商業高校
    主な成績2019年全日本学生個人選手権優勝

    山内梓選手がアーチェリーを始めたのは浜松商業高校に入ってから。弓道部だった姉の影響で始めました。

    入部当初は同学年18人の中で上達が遅く、高校1年の新人大会に出場することもできなかった山内梓選手。

    しかし、真面目に練習し、高校2年で全国総体に出場、3年では全国総体の女子団体で優勝という成績を飾りました。

    高校2年夏の全国総体に初出場した際、団体決勝1回戦の延長戦で大きく的を外したことが原因で先輩を引退させてしまった悔しさを、翌年の団体優勝につなげたそうです。

    浜松商業高校の山下勝美監督は山内梓選手を「緩く右上がりの成長曲線。下降しない」と評価しています。

    2019年には初の日本代表入りを果たし、2019年年7月のユニバーシアードで女子リカーブ個人8位に食い込みます。

    まさに緩くても下降知らずの右上がり成長曲線ですね!

     

    山内梓選手はどんな人物?

    かわいくてさわやかな山内梓選手は、粘り強く根性のある、芯の強い性格です。

    東京オリンピック選考会でも、接戦の末、毎回ぎりぎりのボーダーラインで通過してきた勝負強さには驚かされます。

    接戦でも集中できたのは、近畿大学で一緒に練習してきた、2012年のロンドンオリンピックのメダリスト、古川高晴選手との真剣勝負のおかげだとか。

    「古川さんは外さない。しっかりしたフォームで点数を出せるように意識した」と、2021年に入り、毎日の練習の最後に3本だけ、と決めて繰り返した古川高晴選手との真剣勝負で得た技術が活きたそうです。

     

    しかしオリンピック代表までの道のりは平坦ではありませんでした。

    最終選考会の1週間前には、左肩の筋肉の損傷が発覚。

    医師からも練習を止められた状態でしたが、「痛み止めを打ってでも出たい」と近大の山田監督に直訴し、痛み止めの薬で臨みました。

     

    試練は怪我だけではありません。

    コロナの影響で2020年4月に予定されていた代表選考会が2021年3月に延期され、大学の練習場も閉鎖されたため、浜松へ帰省。思うように練習できない日々が続きました。

    大学での練習は2021年6月に再開しましたが、入れ替わり制で練習時間は大きく短縮されました。

    2021年10月中旬には、就職を希望していた実業団から、業績悪化を理由に採用見送りの連絡もありました。

    大学4年の山内選手にとって、練習環境の変化、卒業後の進路の喪失、最終選考直前の怪我は、不安の連続だったに違いありません。

     

    そんな中、近畿大学の山田秀明監督の言葉「物事をプラスに捉えれば成長するはず」を強く意識し、400~450本打っていたのが1日300本に減った分、少ない練習期間も集中力を高めることで乗り越えました。

    また、卒業後も職員として、近畿大学で練習を続けられることに。

     

    浜松の自宅での自粛期間中も、焦らず、家事を手伝ったり猫と遊ぶなど「心をリセットする時間になった」そうです。

    練習できない時間を、あえてアーチェリー漬けから一時解放し、頭も気持ちもリフレッシュする時間へうまく切り替えたことも、その後のがんばりに好影響だったのかもしれません。

    「目標はメダル獲得。挑戦者の気持ちを持って臨みたい」
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2021050100112&g=spo

    オリンピックが近づいてきた中で調子も上がってきている。練習の質をもっと高めながら、初出場なので挑戦者の気持ちを持って大会へ向かいたい」
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210421/k10012988681000.html

    東京オリンピックへの覚悟もばっちりですね!

     

     

    山内梓選手の家族は?

    山内梓選手の家族は両親と姉ふたり。山内梓選手を全力で応援するあたたかい家族です。

    自動車工場を営む父親の勇二さんは、2020年春の緊急事態宣言時、大学の練習場が閉鎖されると、帰省する山内梓選手が自宅でも練習できるようにと、近所の畳店から譲ってもらった古い畳を4枚重ねて的をつくり、山内梓選手を応援したそうです。

    2020年の年末年始に帰省しても「休み明けにフォームが崩れる」と自宅での練習を欠かさなかった山内梓選手。

    東京オリンピック出場の裏には、家族の強い支えがあったんですね。

     

     

    まとめ

    以上、「山内梓かわいいアーチェリー代表に彼はいるの?経歴や出身校も調査!」をご紹介しました。

    ひたむきな努力で初めてのオリンピック出場を決めた山内梓選手。

    その実力は、銀メダリスト古川高晴選手に「普段練習でやっていることを、本番でも意識してできるのが一番の強み」と言わせるほど。

    初出場の東京オリンピックから、いきなり金メダルを射止めてほしいですね!

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